No.21
フィシュバシェル書店
2013/12/3 UP
パリ6区の美術街で、国立美術大学の前を走るボナパルト通りと並行してセーヌ河に向かうセーヌ通りにはアート・ギャラリーやアンティーク・ギャラリーが軒を並べているが、フィシュバシェル書店はいかにも場所柄を代表する美術専門書店の印象を与える。赤字で「店名、出版、流通」、黒字で「国際的な美術書籍、フランスと国外の書籍」と書かれた古びた看板から老舗の味わいが漂ってくる。店名がフランス語系ではないことが逆に国際的な書店の響きを与える。
名門書店の店主にふさわしく知性がにじみ出ているマリアンヌ・ケスリング-トノン店長に、まず店の歴史を尋ねてみた。彼女自身は28年前からの勤務という。 「楽しみは書籍とクライアントとの出会い」と語ることからも根っからの本好きであることが分かる。
(Marianne Kösling-Thonon )店長
店の発祥地はパリではなく、フランス東北部に位置するストラスブルグ、と聞いて店名がドイツ語系であることに合点がいった。ストラスブルグを首都とするアルザス地方はライン川をはさんでドイツと国境を接しており、元々はドイツ領であったことからドイツ語圏に属し、大半がカトリック教徒に属すフランスの中でプロテスタント教徒が多い地域としても知られる。
フィシュバシェルはストラスブルグで出版社兼書店を営んでいたが、1872年にパリに進出して以来、現在地に店を構えている。当初はプロテスタント系の書籍出版と販売が中心だったが、第1次世界大戦後、プロテスタント系書籍を扱いながらも、総合書店の色合いを強めていった。第2次世界大戦後の1960年代に入ると、セーヌ通り界隈にアートギャラリーが増えだしたことから、美術書専門に切り替え、1970年に美術総合に加えてプリミティフ・アート(原始美術)を2つ目の柱と位置づけた。看板には「出版」の文字が残っているが、出版部門は2000年で中断となった。現在の株主は創業者一族、店長ともう一人の3者となっている。
店内に入ると表側が総合、奥の一間がプリミティフ・アート専門となっている。高額な稀少本は少なく新刊と中古品がほとんどの印象を受ける。
ホームページにアクセスしてみると、その充実ぶりに眼を見張った。細かく分類された書籍点数の多さと購入に至る操作が簡単で、見やすく分かりやすく、インターネット時代に適応した書籍サイトの見本のような印象を与える。ちなみにグーグル英語版でアクセスして「ページを翻訳」をクリックすると英語版HPも制作していると錯覚するほど、ほぼ完璧な英文ページが出てきた。
プリミティフ・アート部門をクリックすると13項目に分かれるが、アフリカ、アメリカ、アジア、オセオニア、極北、中近東と出揃っており、2006年に開館し予想以上の人気を集めているケ・ブランリ美術館(Musée du quai Branly) をそのまま書店にしたかの印象を与える。ビザンチン、先史時代と北欧、衣服・繊維の項目もあり、衣服・繊維ではオリエンタルの絨毯と日本の着物の書籍が多い。
(奥の間。プリミティフ・アート専門)
眼を引くのはアフリカ部門で、アフリカ総合、北アフリカ、現代アフリカ・アートに加えて、「ベニン、ブルキナファソ、カメルーン、コンゴ、象牙海岸、エチオピア、ガボン、ガーナ、マダガスカル、マリ、モーリタニア、ニジェール、ニジェリア、トーゴ」と国別に細分化されている。アフリカのプリミティフ・アートを扱うギャラリーの売る側と買う側の双方とも、作品の真贋を確かめる参考書を捜すなら、パリで最良、最適の店だろう。
Africain Fetisches and
Ancestral Objects
とFérix VALLOTTON
「総合」部門も13項目から構成されているが、絵画、建築、デッサン、グラフィズム、版画、庭園、彫刻、写真と幅広い。ヴァン・ゴッホ、セザンヌやピカソといった知名度が高いアーティストやテーマではなく、一般的な知名度は低いが専門的に一歩踏み込んだものを選択しているのが特徴のようである。一押しの3冊を紹介してもらうと、すばやく①「アフリカの物神と先祖のオブジェ(Africain Fetisches and Ancestral Objects)」、②フェリックス・ヴァロトン(Férix VALLOTTON。1865~1925年。後期印象派とナビ派の画家・版画家)の「氷の下の炎(Le Feu sous La Glace)」、③カタコンブの至宝(Trésors des Catacombes)を取り出してくれたが、確かに私が理解した特徴にそっている。
Trésors des Catacombes
顧客はコレクター、キューレターと美術専門家で、常時来店する客は300~400人、時々来店するのが3~4000人で、ネットでニューズ・レターを送っている。新規顧客の獲得に向けてアート専門誌への広告と美術書の著者のサイン会を催している。ストックは約1万冊で、主に店内で保管している。
「現在はメディア文化の転換期にあたり、若い人はあまり本を見なくなりました。当店の客も40歳代以降が主体となっています。経営は財政的には厳しくなっていて、淘汰される店も多いでしょう。しかし優良な店や専門化した店は生き続けていきます」とケスリング-トノン店長は言いきった。
広畠輝治 HIROHATA Teruji
HP : https://www.terujihirohata.com
1948年1月 横浜に生まれる。1980年から在仏ジャーナリスト。1988年にプレス・ヒロハタ社設立。主に日経新聞社グループと電通向けに記事・レポート配信とコーディネート。
やきものネット・パリ通信員。2002年4月 「邪馬台国 岡山・吉備説から見る古代日本の成立」(制作‐コエランス酉福ギャラリー、発行‐神無書房)を出版。2009年1月 「「邪馬台国吉備説 神話編」(制作‐酉福ギャラリー、発行‐神無書房)を出版。
古代日本の成立
広畠輝治著 2800円
日本古代史をヨリ深くヨリ広く学ぶために
広畠輝治著 4700円