No.20
ジャン-エティアンヌ
・ユレ書店
2013/11/19 UP
「私は何歳だと思う。79歳、じきに80歳になる」。
ジャン-エティアンヌ・ユレ店長は開口一番に年齢を語った後、自分がたどった古書店人生を理路整然と分かりやすく話してくれた。
パリのエリート養成大学の1つであるシアンス・ポー(国立行政学院)を卒業した後、書籍出版の世界に入り、大手出版社アシェット(Hachette)の国際部門を担当していた。経営難となったアシェットは1970年にラガルデール・グループに売却され、1973年に子会社グループ・レアリテを統括していたユレ氏に社員250人の解雇が指示された。これを機にユレ氏もアシェットを退職し、世界各国の新刊・古書4万冊を集めた古書店「Le Tour du Monde」を現在地のパリ16区のポンプ通りに開店した。
(Jean-Etienne HURET)店主
国別に書籍を集めるアイデアは当時ではフランス初の試みとして話題を集め、ポンプ通りはOECD(経済協力開発機構)など国際外交の中心部に立地することもあって、経営は軌道に乗り、1980年に稀少本・絶版書探しの専門部門を設立して14人を雇用した。1981年にはパリ6区オデオン通り10番地にある、フランス各地方を対象とした「Librairie Guénégaud」を買収した(但し1986年に売却)。
ドキュメント・センター
1996年にパリ6区のサンジェルマン通り145番地の「Librairie Nicaise」を病気がちとなった店主から受け継いだ。同店はサンジェルマン教会に対面する好位置にあり、ことに1960年代のシュルレアリスムに関する美術書で知られ、10年間で100回のアート展示会を開催した。
ところがインターネットの普及が進みだした2000年前後から、パリの古書店業界は激動の時代に直面する。「市場が縮小したのではなく、古書の価格が低下して利益率が急減してしまった」ことから、蔵書の一部、稀少本・絶版書探しの専門部門、「Le Tour du Monde」の商標を一括して、書籍・エレクトロニクス製品の大型チェーンFNAC(フナック)に2000年に売却した。
ドキュメント・センター
翌年3月に「Le Tour du Monde」の店名を「Librairie Jean-Etienne HURET」に改名し、2007年まで「Librairie Nicaise」は20世紀を、「Librairie Jean-Etienne HURET」は16~19世紀を対象と棲み分けをしながら、2店を継続した。
70歳を過ぎた2007年に年齢を考慮して「Librairie Nicaise」を売却した。ここで引退生活に入ったとしても不思議ではないが、ユレ氏は店内に「挿絵入り本( Livres à Plat Historié)ドキュメント・センター」を開設して、新しい挑戦を始める。
「挿絵入り本」は印刷・製本技術が革新化された19世紀後半に誕生したもので、歴史、冒険や産業技術など幅広い多様なテーマをイラスト画入りで紹介する。代表例としてジュール・ヴェルヌの「80日間世界一周」シリーズが挙げられるが、表紙に皮か多色刷りのパーケリン(柔らかい綿布)を使用し、表紙のイラストを一瞥すればテーマ内容が分かる。大量印刷・大量販売のマスメディアの先駆けとも言えるが、社会的には子供向け絵本の延長と低く見なされて国立図書館などは見向きもしなかった。
イラストカタログ
「Parcs et Jardins」
ユレ店主は対象年代を1865年から1939年に絞り込み、挿絵入り本専門カタログの第1号を2008年2月に発行し、現在、第23号に達している。その努力が実って、4年ほど前から国立図書館などがようやく歴史的な価値を評価するようになった。コレクションとして、ギフトとして購入する人が増え、古書見本市などでブームになっている。
「Le Plat Historé」と
「Eloge du Plat Historé」
「見向きもされなかった挿絵入り本をよみがえらせたパイオニア達の一人と言えますね」と言葉をはさむと「パイオニアは私一人だ」と一蹴された。美術専門古書店ではなく総合古書店だが、切り絵アーティスト「ニコル・モレロ(Nicole Morello)など、商業ベースで有望と見込んだ現代アーティストも応援しており、シュルレアリスムのカタログも発行する。過去の専門誌・出版物シリーズの研究者として4点の著作もある。
「Nicole Morello」カタログ
と店主の著作4冊
仕入れは個人蔵書とオークションが主体で、本探しで現在でもベルギー、スイスなどへも飛び歩いている。取材中もブリュッセルのオークション会場に電話参加していた。パリ郊外にある面積300㎡の倉庫に保管されているストックは約6万~7万点で、30ユーロから3万ユーロまでと幅広い。
「音楽もインターネットの登場でレコードやCDは売れなくなったが、生き続けている。映画も演劇もしかりで、書籍も生き続け、永遠に消滅しない。課題はインターネット時代に適合させていく頭の切り替えだ」。
広畠輝治 HIROHATA Teruji
HP : https://www.terujihirohata.com
1948年1月 横浜に生まれる。1980年から在仏ジャーナリスト。1988年にプレス・ヒロハタ社設立。主に日経新聞社グループと電通向けに記事・レポート配信とコーディネート。
やきものネット・パリ通信員。2002年4月 「邪馬台国 岡山・吉備説から見る古代日本の成立」(制作‐コエランス酉福ギャラリー、発行‐神無書房)を出版。2009年1月 「「邪馬台国吉備説 神話編」(制作‐酉福ギャラリー、発行‐神無書房)を出版。
古代日本の成立
広畠輝治著 2800円
日本古代史をヨリ深くヨリ広く学ぶために
広畠輝治著 4700円