No.16
A バルザック A ロダン
2013/9/24 UP
モンパルナス通りとラスパイユ通りが交差するヴァヴァンの小広場にロダン作のバルザック像がある。小広場からポール・ロワイヤルに向かう最初の道を左に曲がってグランド・ショミエール通りに入るとバルザック像にちなんで名づけられた「AバルザックAロダン(A Balzac A Rodin)」が左手にある。通りはかってのエコール・ド・パリ時代の面影を残しており、画材店GATTEGNOや画家たちが住むアーティスト村(Ville des Artistes)もある。
1階は入り口のみで、本体は螺旋階段を下りた地階にある。入り口の右壁にショーウインドー棚があるが、通行人を引き付けるようなカラー表紙の書籍は少なく、1色か2色刷りの地味な書籍がほとんどである。入り口が締め切ったままだと、店仕舞いをした古書店なのかと通り過ぎてしまうだろう。
ある古書店の店主から「パリで最良の美術古書店」と聞いて訪れてみたが、いったいどこがパリ一番なのだろう、といぶかしく思いながら、脇に雑誌が積まれている螺旋階段を下りて入った。
地階は広いスペースで、こぎれいに整頓されていて、フロリオ・ドゥ・ヴォルシエ(Floriau de VAULCHIER)店主と書棚を整理している30歳代半ばくらい女性がいた。書棚で仕切られた右手奥には倉庫と展示会に活用できるスペースがある。
「数年前に退職しましたが、ボナパルト通りにあるパリ・マラケ国立高等建築学校(Ecole National Superieure d'Architecture Paris-Malaquais)の教授をしていました。仕事柄、生徒向けの教材探しを兼ねて、文献や書籍類を集めていました。アメリカにも頻繁に行き、主にアート批評の雑誌を購入しました。兼業が認められていたので、それを土台として1989年にこの店を始めました」。
ポンピドゥーセンターがオープンしてから1980年代前半までは、同センターの文献保存図書館で文献や写真を借り出し、自由に幾らでもコピーすることができた。オークション会場のドゥルオーは以前はドキュメントが大量に出たので、毎日のように通った、とも語る。
対象は第2次世界大戦後から1980年代までの欧米の絵画・美術と建築だが、建築関連の古書はあまり売れない、とこぼす。
一押し本を見せてもらうと次第に興が乗ってきてよどみない説明となり、大学教授から個人授業を受けている気持ちがした。
まず取り出したのは現代音楽家ジョン・ケージ(John Cage。1912~92年)の影響で誕生した1950年代から1960年代に隆盛した前衛芸術運動フルクサス(Fluxus)の3冊だった。
「An anecdoteo Topography of Chance」はスイス生まれのフルクサスの仏人アーティストであるロベール・フィリウー(Robert Filliou)を紹介、「Alison Knowles、Thomas Schmit、Benjamin Patterson、Philip Corner」の4人もアメリカかドイツ出身のフルクサスのアーティストである。タブロイド新聞風の「Fluxus Symphony Orchestra,」は副題に「conducted by Kunihara Akiyama」と書かれており、秋山邦晴(1929~96年)が1964年にカーネギーホールでの「フルクサス・コンサート」でオーケストラの指揮を担当した時のものだろう。
展示会カタログ
「Feminin - Masculin
Le Sexe de l'art 」
続いて1960年代から70年代の建築を紹介するアメリカの「Clip Stamp Fold The Radical Architecture of Little Magazine」とドイツの「Bauhaus Bücher」の2冊、ドイツのアート雑誌「Nuk」、1996年にポンピドゥーセンターで開催された「Feminin - Masculin Le Sexe de l'art 」の半分づつカットされている展示会カタログを披露してくれた。
主な顧客は世界中の研究機関や図書館、専門家である。ドゥ・ヴルシエ店主は収集と研究の第一人者の一人として世界的に知られる人物であることが分かった。こまめに収集した各種ムーヴメントの雑誌・パンフレット類、絶版となった発行物が財産となっている。
「パリで最良の美術古書店」という意味は、戦後から1980年代にかけての欧米美術運動については、パリで一番という意味だった。常連客は少なく、通りすがりの客を引き付ける必要もないから入り口が地味でも構わないわけである。国際的な古書店ネットワークAbeBooksを通した注文も多いが「グーグルが買収してからAbeBooksのクオリティは低下した印象を受ける」と手厳しい。
ストックは常時1万5000点で、項目別ではなく、アルファベット順に整理している。一人で経営し、店員はいないと言う。「それでも、手伝いの女性がいるでしょう」と怪訝な顔をすると、「私のワイフだ。写真家だが、店を手伝ってくれている」と、二人は笑いながら顔を見合わせた。
広畠輝治 HIROHATA Teruji
HP : https://www.terujihirohata.com
1948年1月 横浜に生まれる。1980年から在仏ジャーナリスト。1988年にプレス・ヒロハタ社設立。主に日経新聞社グループと電通向けに記事・レポート配信とコーディネート。
やきものネット・パリ通信員。2002年4月 「邪馬台国 岡山・吉備説から見る古代日本の成立」(制作‐コエランス酉福ギャラリー、発行‐神無書房)を出版。2009年1月 「「邪馬台国吉備説 神話編」(制作‐酉福ギャラリー、発行‐神無書房)を出版。
古代日本の成立
広畠輝治著 2800円
日本古代史をヨリ深くヨリ広く学ぶために
広畠輝治著 4700円