No.15
ジュソーム書店
2013/9/10 UP
パレー・ロワイヤルと証券取引所ブールスを結ぶヴィヴィアンヌ通りには国立国会図書館に対面する形で19世紀前半に建立された2つの由緒あるパッサージュ、ギャラリー・コルベール(1826年建立)とギャルリー・ヴィヴィアンヌ(1823年建立)が並立している。
ギャラリー・コルベールがある建物は国立国会図書館が所有し、フランス美術史研究所やソルボンヌ大学の美術史科など美術史専門の研究機関と学部が集合しており、学生の出入りが多い。
ギャルリー・ヴィヴィアンヌはプティ・シャン通りからコルベール通りに抜けるL字型の通路にトリイ・ユキ、ジャン・ポール・ゴーティエなどモード・アクセサリー、写真ギャラリー、カフェ・レストランなど現代の先端を行くハイセンスな店が軒を並べているが、19世紀以来のパリの歴史的な重みを与えているのが、 L字型の角にあたる45番・47番と通路をはさんだ対面の46番の3店舗分のスペースを占めるジュソーム(Jousseaume )書店である。46番の入り口のガラス戸には「創立1826年(Maison Fondé en 1826 A.Petit Siroux)」と記されている。
店先に並ぶ絵葉書スタンドやバーゲン古書の書台に興味をそそられて立ち止まる観光客が多く、コンテンポラリー・デザインをパリの19世紀後半の雰囲気の中に溶け込ませる、いかにも古都の古書店のたたずまいに魅了されて記念撮影をする外人旅行者も目立つ。
ショーウインドーの陳列を見ると、47番は19世紀後半の詩人ランボーとヴェルレーヌに関する古書を揃えている。46番はカルメン、ロンサールなどフランスの古典文学関連、パリの風俗や建築物の歴史を伝える写真集に加えて、油絵技法を考案した15世紀の初期フラマン絵画(Les Primitifs Flaman)、藤田嗣治が活躍したエコール・ド・パリ(Ecole de Paris)など美術書も混じっている。45番は古典文学叢書の陳列となっている。
美術専門古書店ではないが、雑書を主体に扱う古書店の多くがインターネットの影響をまともに受けて店仕舞いをしていく中で、盛時の伝統古書店の雰囲気を残している数少ない古書店である。店舗自体が19世紀の美術品として一見の価値があり、前々から取材してみたいと思っていた。
店内に入ってフランソワ・ジュソーム店主に書店の由緒を尋ねてみた。ガラス戸に書かれているように、1826年に出版社兼書店としてオープンして以来、187年間続いている店だった。「1900年まで店主が4人続いた後、曽祖父が受け継ぎ、私がジュソーム家の4代目となります。父が1987年に他界して私が後を継ぎました」。
「画家ウジェーヌ・ドラクロワ(1798~1863年)がしばしばこの店の前を行き来した、という逸話が伝えられています」と話すが、書店がオープンしたのはドラクロワが28歳の時であるから、まんざら作り話ではなさそうだ。「母は医者となったエミール・ゾラの息子ジャック(1891~1963年)を見たことがあり、私はゾラの孫を見たことがあります」と歴史的な著名人の話題にこと欠かない。
店舗の所有はジュソーム家ではなく、フランス学士院(Institut Francais)ということである。フランス学士院は5つのアカデミーから構成されており、19世紀から20世紀初頭の文化遺産の保存と所有も行っている。ジュソーム書店も文化遺産となっているわけだが、「このため外装は手をつけることができず、内装も管理組合の許可を得ない限りは変えることができません。その分、ショーウインドーの陳列で顧客を引きつける工夫をしています」。
普段は鍵がかかって客が入れない46番地の店内を特別に開けてくれた。少なくとも100年以上も前の内装だろうが、定期的に清掃しているのだろう、店内はかび臭くもなく、ホコリもつもっていない。広場に面する左手のショーウインドーから光りが差し込み、その奥に螺旋階段がある。中央は空いているが、ここに出版社の社長が陣取っていたのだろう。壁面を囲む書棚は、ショーウインドーに飾られている書物の延長かのように美術書、写真集、文学叢書がきちんと整理されている。常連客か上客だけ店内に案内して、じっくり書籍選びをしてもらうのだろう。
細い螺旋階段を上って2階へ上るとパッサージュの雑踏が見下ろせる。 行き交う人たちの衣裳を19世紀の衣裳に変えてみるとドラクロワやゾラの時代にタイムスリップした錯覚にとらわれた。19世紀のフランス時代劇のセットの中にいる気持ちもしたが、逆にこの店内も参考にして、映画セットが作られているのだろう。
顧客は昔ながらの古書店散策を楽しみに訪れるフランス人の常連と外人観光客が中心である。
「隣のギャラリー・コルベールを出入りする美術史専攻の学生たちはあまり立ち寄らない」と苦笑するが、研究者や学生よりも常連・観光客の方がビジネスになるということだろう。観光客はヨーロッパ人と日本人が多く、最近はブラジルなど南米諸国が増えているが、意外にもアメリカ人は少ない。
扱いは19世紀と20世紀の文学、歴史と美術と雑多で、店舗の奥と地下倉庫を含めたストックは2万点を数える。先代から受け継いだストックは少いと語るほど、在庫の回転が速いようである。
驚いたことは、仕入れはオークション会場や骨董市、古書見本市での購入はなく、個人が店に持ち込んでくるか、個人宅の蔵書や遺産の買い入れでまかなっている点だった。但し個人から仕入れた書籍が盗難品だった場合もあるのが難しい点、と悩みもあるようだ。
広畠輝治 HIROHATA Teruji
HP : https://www.terujihirohata.com
1948年1月 横浜に生まれる。1980年から在仏ジャーナリスト。1988年にプレス・ヒロハタ社設立。主に日経新聞社グループと電通向けに記事・レポート配信とコーディネート。
やきものネット・パリ通信員。2002年4月 「邪馬台国 岡山・吉備説から見る古代日本の成立」(制作‐コエランス酉福ギャラリー、発行‐神無書房)を出版。2009年1月 「「邪馬台国吉備説 神話編」(制作‐酉福ギャラリー、発行‐神無書房)を出版。
古代日本の成立
広畠輝治著 2800円
日本古代史をヨリ深くヨリ広く学ぶために
広畠輝治著 4700円