第2回
般若心経
2019/4/5

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第1回 十八史略


中学生のころ、何故か身体の調子が悪くなり、なかなか回復しなかったことがあった。だから、休み休み勉強したり、体操したりしていた。子供から大人へと変わるころだったのかもしれない。身長が急に伸びたりしたのも影響していたのだろう。小学校から中学校と環境の変化もあった。小学校は家から7分ほどで歩いて行っていたが、中学校は池袋にあり、当時開通したばかりの地下鉄丸ノ内線で通った。

身体の調子が悪いので、余り運動もせず、おとなしくしていたのだろう、色々と頭の中で考え事をするようになった。思索にふけるというと何やら哲学者のようだが、学校との往復以外にはすることもなく、本を読んだりしていたし、テレビもそれほど普及していなかったので見ることも無かった。塾というものもそのころは余り広がりがなく、そこへ通うこともなかったし、入った中学は大学まで続いているので、受験勉強をする必要もなかった。とにかく時間だけはあった。だから考えていた。まさに"考える故に我有り"だ。

真訓 般若心経 前経入り
永田文昌堂
状態:AA 良好
  1200円

では、何を考えていたのであろうか。今となっては思い出せないが、13,4歳のころだから、取りとめのないことだったと思うが、ある日、家の仏壇の前に座っていた時のことがあった。何気なくその仏壇を眺めていると、小さな本のようなものがおいてあったのに気がついた。それは、「般若心経」の経本だった。経本といっても小さな寸法の摺帖と呼ばれるもので経を唱える時に手に持って使うものだったようだ。そっと仏壇から取り出し、中を見てみた。漢字の羅列で横に振り仮名が振ってあった。恐る恐るその振り仮名に添って読んでみた。「カンジザイボサツギョウジンハンニャハラミタ・・・・・・・」。が、意味が分からない。当たり前だがなにやら経を唱えているようだった。早速、仏教に関する本を買うことにした。確か『般若心経』と題する本もあったようだった。幾つか買って、読んだ。

読んだが、分からなかった。だが、訳も解らず唱えていると、それだけで気分が良くなってきた。繰り返し唱えた。唱えると今度は見ないでも唱えられるようになった。実は、いまでも夜に寝付かれない時は、これを頭の中で唱える。すると眠くなるから不思議だ。

 

 青山光雅  Mitsumasa AOYAMA

京都伏見出身
立教大学院修士課程フランス文学専攻修了
酉福ギャラリー創業

 

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